「津金澤先生からの宝箱」

難波功士:関西学院大学社会学部

 昨年の10月、拙宅にお電話いただいたのが、津金澤聰廣先生の声と接する最後の機会となりました。「書斎の整理をしていて出てきた、広告史関連の資料を送りたいのだが」とのこと。以前にも一度、多くの未見資料を含む段ボール箱を送っていただき、大いに恩恵をこうむったことがあり、改めてお礼を申し上げるとともに、楽しみにしていますとお伝えしました。

 そして年末に到来した宅配便は、やはり私にとっては宝箱でした。先生にさし上げたお礼の手紙に、いただいた資料・文献の中でとくに『マーケット論誌No.8』(1968年、アドセンター刊)には衝撃を受けたと記した記憶があります。

 グラフィックデザイン、エディトリアルデザインの世界では、堀内誠一がいたことで知られるアドセンター。写真家では立木義浩が所属していました。たいへん気になる存在なのですが、ファッション史の文脈で井上雅人さんが言及しているくらいで、寡聞にしてアドセンターに関する先行研究を知りません。広告史、デザイン史においてもっと論じられるべき存在だと思っていましたが、こうした研究誌まで発行していたとは。検索してみても、東大と民博に数冊残っているくらいで、全号を通観することは難しそうな「レアもの」です。

 津金澤先生の手元にこの一冊が残っていたのは、山本武利先生の「明治後期の広告の社会心理史」が載っていたためと思われます。最近私は南博について書く機会があって、とりわけ南が提唱した「社会心理史」について調べており、「社会心理史」とタイトルにある文献は一通り目を通したつもりだったのに、自分の史料の掘り方が浅かったことを痛感しましたと礼状には認めました。

 そして、今年いただいた年賀状には、「南博先生の仕事はやはり興味深い」といった一文が添えられていました。

 そう言えば、津金澤先生が関西学院大学を去られる前の数年間、社会学部には「社会心理史」という科目が設けられており、先生自ら講義を担当されていました。その後のカリキュラム改訂で、「社会心理史」は「メディア文化史」となり、一時期私も担当しましたが、その後さらに「情報メディア史」と改称され、現在は他大学の先生に御出講いただいています。

 そんなことを思い返していると、津金澤先生には「社会心理史」に対して強い思い入れがあり、「社会学」と「心理学」と「歴史学」の間(あわい)に何がしかの可能性を感じておられたのではと、想像をたくましくしてしまいます。もちろん、実験心理学からスタートした南博と、マスコミュニケーション研究(新聞学)や社会意識論から出発した津金澤先生とでは肌合いの違いみたいなものはあったのでしょう。しかし、「社会心理史」という未完のプロジェクトへの思いは、南博(率いる社会心理研究所)と津金澤先生との間には共通するものもあったかと思います。

 そのあたり、一度じっくり聞き取りをしてみたいものだと思いつつ、果たせぬこととなってしまいました。

 心より先生のご冥福をお祈りいたします。

(2022年4月30日)