「ほほえみの学恩」

永井良和:関西大学社会学部

 津金澤先生とは、現代風俗研究会でお目にかかったのが最初だったと思う。学部生時代から事務局で会場の設営や受付などの手伝いをしていた私は、なにかの会議のおりに、出席されていた先生のお顔を知った。ただ、しばらくはお話などもしないままに過ごした。
 いまの人はふしぎに感じるだろうが、当時の大学には「風俗」の研究をまともなものと思わない人たちもいたので、私や、私の先輩たちは、現代風俗研究会での活動を自分の所属する教室や学会では、おおっぴらにするのをひかえていた。
 ようやく先生からも親しく声をかけていただけるようになったころ。ある夏の日の午後。京都大学の構内、たしか図書館と教育学部の建物のあいだの道だった。私が歩く先の向こうから、津金澤先生が、私の所属する教室の方といっしょに歩いて来られた。その方は、津金澤先生がすでに私をご存知だとは、知らない。どういうふうにあいさつするべきか。私は、うろたえた。だが、もう引き返せない。
 私の教室の方が先に声を発して、私を津金澤先生に紹介してくださった。そのあいだ、津金澤先生は、私や研究会のことをいっさい口にされることなく、ただニコニコして立っておられた。そして、私が案ずるほどのことはおこらず、路上の小さな会話の輪はほどかれた。
 長く娯楽や「風俗」の研究をされてきたあいだには、津金澤先生にも愉快でない思いをされたご経験があっただろうと拝察する。そういう苦労話を、愚痴のように話されるのをうかがったこともない。そのような方だからこそ、あの日、私がつらい立場におかれないですむよう配慮してくださったのだと思う。
 その後も、さまざまな場で、つねにはげましていただいた。その学恩をいちいち書きならべはしないけれども、あの夏の日、先生がなにもおっしゃらなかったからこそ、私はこんにちまで研究をつづけられたのだと思う。その私も、60歳をこえた。他流試合に出ようとする若い世代が、それをうしろめたいことだと感じないですむような、そういう気づかいを受けつぎたい。

(2022年6月20日)