「メディア・イベント研究に導かれて」

井川充雄:立教大学社会学部

 私の手元に「新聞社事業史研究会」と題した古いファイルがある。まだ大学院生だった頃に、指導教員の山本武利先生の紹介で、津金澤聰廣先生が主宰する「新聞社事業史研究会」(のち「マス・メディア事業史研究会」)の末席に参加させて頂いた折のレジュメなどが綴じ込まれている。その研究会には、津金澤先生、山本先生のほか、有山輝雄先生、黒田勇先生、吉見俊哉先生ら、蒼々たるメンバーが参加されており、そこで交わされる議論からさまざまな刺激を受けた。その研究会の成果は、津金沢聡広編『近代日本のメディア・イベント』(同文舘出版、1996年)に結実したが、そこで私は年表の作成を担当した。各新聞社の社史などをもとに、新聞社が主催するスポーツ、音楽などさまざまなイベントを一覧にしたものである。
 その後、同研究会は、さらに津金沢聡広・有山輝雄編『戦時期日本のメディア・イベント』(世界思想社、1998年)、津金沢聡広編『戦後日本のメディア・イベント』(世界思想社、2002年)の2冊を生みだした。前者で私は「満州事変前後の『名古屋新聞』のイベント」、後者では「原子力平和利用博覧会と新聞社」という論文を書かせて頂いたが、それとともに引き続き年表も担当したが、津金澤先生から、『戦時期日本のメディア・イベント』のあとがきのなかで「この領域研究にとって初めてといってよい年表であり、井川氏の丹念な整理・編集にあらためて敬意を表したい」という過分のお言葉を頂戴した。
 この年表づくりというのは地味な作業であるが、そこから発見もあった。というのは、戦後のある時期に「原子力平和利用博覧会」ないしは「原子力平和利用展覧会」と題するイベントが日本の各地で開催され、しかも主催する新聞社がそのたびに違うのである。それに興味を持って調べたところ、そこにはUSIA(アメリカ情報庁)というアメリカの広報機関が介在しており、アメリカの原子力政策が背後にあることがわかったのである。そうしたアメリカの広報機関と日本の新聞社の関係について書いたの「原子力平和利用博覧会と新聞社」という論文であった。USIAはVOA(Voice of America)というラジオ放送などさまざまな「広報外交」に従事しており、私はVOAについてもいくつか論文を書いてきたが、まさにメディア・イベント研究が、次の広報外交研究への道を切り開いてくれたのだといる。
 私は、本年1月に、『帝国をつなぐ〈声〉―日本植民地時代の台湾ラジオ』(ミネルヴァ書房、2022年)という2冊目の単著を上梓したが、津金澤先生に献本したところ、さっそく「労作で、画期的著作と思います」とのお返事を頂戴し、感激したところであった。それからわずか後にご逝去されたと知り、心からご冥福をお祈り申し上げるとともに、これまでの学恩にあらためて感謝申し上げる次第である。

(2022年6月20日)